こんにちは!
アイデアフラッシャーのにわです。
私は仕事柄、さまざまなお仕事領域のプロに出会います。
そのなかでよく感じるのは「本物のプロは、職業観と人生観が紐づいている」ということ。
ほぼイコールだったり、包含関係にあったりします。
そんなことを改めて感じたある看護師さんとの出会いについて、少しお付き合いください。
安心感からはじまる時間
おはようございます。
よく、来てくださいましたね!
朝一番に予約して伺った先のドアを開けると、既に心地よくあたためられた空間がひろがっています。
おはようございます。
ああ、いい香りがするなあ…
大庭さん、道は混んでいましたか?
よかった、迷わずに来てくださって。
駐車場、すぐわかりました?
ゆっくり、ゆっくりと語りかけてくださるその声の主は、めぐみさん。
今回お世話になる、温活やリンパケアを専門にされているサロンのオーナーです。
ゆっくりと話してくださるので、こちらもつられてゆったりとした気持ちになります。
決してつくり笑顔ではないその表情と、いつもよりもあたたかく、穏やかに流れる時間・空間のせいか、すこしだけおなかが温かくなっていくような感覚をおぼえました。
お話ししながらアンケートに答え、事前にやり取りしていた情報も含めて、どんなふうに施術するのか説明してくださいます。
痛いって感じる方も、いらっしゃるので…
もしもそのときは、すぐ知らせてくださいね。
この人に触られて痛いことなんてあるだろうか?
一瞬そう思いながらも、はい、わかりました、と答えている自分に、この時点ですっかり安心していることに気づきます。
ドアを開けた瞬間から、安心感がもうそこに生まれていたのです。
今回お世話になったお店 M・greenさん
今回お世話になったお店をご紹介します。
M・greenさん
施術するお部屋はなんと和室。
あたたかみのある空間で、温活やオールハンドのボディトリートメントをされています。
私は全身のトリートメントとドライヘッドスパを体験しました。
当日も翌日もぐっすり眠れる感覚があり、私には合っていたみたいです!とても身体がすっきりしますよ。
お近くの方はぜひ、訪れてみてくださいね。
それぞれにちがう、施術タイムの過ごし方を
めぐみさんと知り合ったきっかけは、私にとって「ビジネスの母」と呼べる人からの紹介です。
(師匠や母など、支えてくださる方が多くて混同されるかと思いますが、いくら母性が強いタイプといえども、オモシロタノシズムおじさんのことではありません)
めぐみさんとイベントでもお話しすることがあり、ぜひサロンに行ってみたい!と感じてお邪魔することになりました。
そんなめぐみさんと施術中にそのビジネスの母について話しているときのこと。
◯◯さん(前出・ビジネスの母)と、仕事のことも、いろいろ話して。
ここに来られていても、相談に乗ってくださいますよね~。
ビジネスの母の世話好きっぷりには驚かなかったので、彼女が相談に乗っている姿は容易に想像できたのですが、別の意味で驚かされました。
この人の施術を受けながら、寝ない人なんかいるんだ。
新鮮な驚きを抱えたまま、私も我に返りました。
もしかしたら、施術中の過ごし方も本人に委ねて、尊重してくださるのかもしれない―
エステやリラクゼーションのサロンでは、施術者ごとにご方針もあってか、あまり会話せず寝かしつけるように誘導される場合もあります。逆に、トークし続けながら終える場合も。
「ゆっくりリラックスして、静かな時間をお過ごしくださいね」
と言われるのも、その時間・空間に没入するうえではよいことかもしれません。
あたためられた空間から、ここではてっきり寝てしまうものだと思いこんでいた私ですが、めぐみさんは必ずしも寝かしつけるタイプではないのだ、と興味深く感じられたのです。
もしかすると、その人にあった過ごし方を、よく観察しながらみきわめて、合わせているのかもしれません。
その仮説を抱いてから、私はいくつかの質問をめぐみさんにしながら時間を過ごしました。
好奇心が主成分の私。いちばん、私らしい過ごし方をさせていただけたかもしれません。
ナースという生き方。臨床を離れてもある「看護観」
ところで、めぐみさんは看護師でもあります。
「看護師をやめた」のではなく、現役でバリバリの看護師さんだと、私は思っています。
たまたま、臨床にいないだけなのです。
医療機関での勤務経験ののち、独立開業されてからも解剖生理学的な知識や看護経験を活かしながら、サロンを運営されています。
手で触れる、からだと人生に対する深い洞察があってこそできる仕事。
めぐみさんの施術を体験しながら、そんなことを思いました。
それぞれの時間を過ごせるように、よりヘルシーに暮らせるように。
病気になってからではなく、元気に過ごせるちょっとした工夫とケアを日常に溶けこませるように。
誰よりも近くで人のからだとこころに触れ、生活を見据えてきたからできる、めぐみさんだけの尊い看護が、そこにあります。
お気づきかもしれませんが、めぐみさんの発言には「間」がたくさんあります。
いつもよりも多く読点(「、」)を用いて表現しているのは、そのためです。
その理由は、きっと誰にもわかりません。
けれども、確実にめぐみさんが大切にしている、押しつけないことや急かさないこと、それぞれのあり方を尊重して寄り添うことがあらわれた、意味のある「間」だと、私は思うのです。
「看護師だからできるリンパドレナージュ」
というと、知識や技術があって安全・安心だね、という印象を与えるでしょうが、その知識や技術とは、教科書や日々の鍛錬で身についたテクニックだけでしょうか。
もちろん、適切な知識のもと、アセスメントしたり、筋肉や骨格のことをわかって触れていたりされるのが、私にもつたわります(むしろ、病院勤務や医師・看護師育成に身体も貸してきた立場上、ほかの方より厳しい自覚すらあります)。
きっとそれだけではない、彼女のなかの看護観、もはや人生観が積み重なって、「めぐみさんだけができる看護」に集約されている気がするのです。
私は学生時代に生命倫理学を専攻したので、たくさんの医療機関を取材してきました。
そこで出会う患者さんや医療のプロたちから多くを学びましたが、母数が多いことと、研究していた論説に看護倫理がおおいにかかわっていたことから、看護師さんには特に学ぶ機会がたくさんありました。
それぞれの方が、自らの実践したい看護、「こうありたい」という看護観を抱いていました。
人のお世話をする仕事である以上、その看護観が日常生活にも投影されてくることがあります。
貧乏学生だった私にやたらと世話を焼いてくれ、なぜかお弁当を持たせてくださる方や、「そんな顔で出てくるくらいなら来なくていい。今すぐ帰りなさい」と接遇に厳しい方、たくさんいました。
病院で勤務しているときも、タイミングが悪くてERを出入り禁止になったり(おい)、備品をああでもないこうでもないと組み替えてみたり、問診の仕方が危なっかしいと叱られたり、「あなたのカルテの書き方が人情味あって好きだわあ」と言われたり…たくさん育てていただきましたが、
通り一遍の話で終わることのない看護師さんは、日常生活でもどことなく「看護」がぽろりと飛び出すようなところがありました。
それは、白衣のなかだけではなく、人生を賭けて看護に向き合っているから。
めぐみさんの場合も、まさにそうなのでしょう。
だから、病院のなかにいなくても、めぐみさんはまちがいなく、ナースであり、私のからだと生活の伴走者です。
めぐみさんのプロフェッショナリズムに、胸を打たれました。
私たちにとって、人生のなかの仕事とは
これは看護の世界だけの話だろうか―
そう思われた方もいるかもしれません。
もちろん、どんな世界でもあり得ることでしょう。
私も、PRや企画、コミュニケーションデザインなどを仕事にしていますが、
コアになる「PR人マインド」は、人生観に紐づいていると感じています。
それに気づいてからは、 #PRasLIFE というハッシュタグも好んで用いています。
PRについての蘊蓄は別の機会に述べますが、
PRとはプッシュする、広報だけではない概念。
受けとめ、つながるという役割から、コミュニケーション全部に関係するものと捉えています。
いいものは伝えたいし、届けたい。
その思いは、契約の有無や場所のちがいに関係なく、私の人生観のあらわれなのかもしれません。
あなたも、ご自身のお仕事を思い浮かべてみてください。
そうそう。
めぐみさんがベッドサイドに、カードを置いてくださっていました。
私あてに、季節を感じる紅葉のカードを選んで、ていねいに書いてくださっていたのです。
臨床だと、こうしたひとつひとつが、どうしてもできない、
時間がなかったり、慣れっこになっていたりするから…
そう言いながら、めぐみさんの笑うところに、お部屋のあたたかな光と、ぽうっとぬくもりのある空間ができました。
そこにある光と温度をあつめて、誰かの人生を祝福し、伴走する人。
めぐみさんは、根っからのナースです。
めぐみさん、心地よい時間をありがとうございました!
また、あたたまりに伺いますね。
ご覧いただき、ありがとうございます!
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