「お客さまは神様」―
かつては絶対正義であるかのように、この言説がまかり通っていたものでした。
プロダクトアウトか、マーケットインか。
こんな話もありますね。
マーケティングを学び、さもありなんとマーケターとしてサラリーマン生活を送っていたときには、それを信じていたこともありました。
けれども、お客さまや市場だけではなく、あなたの大切な商品やサービスのこと、愛せていますか。
本日はそんなことを考えさせてくださった、ひとりの仕事人をご紹介します。
おいしそうなのが、これだったんだもん。
だってねえ…
おいしそうなのが、これだったんだもん。
あ~、おいしかったぁ。
これからBBQの準備をして、さあたくさん食べよう!という会の直前に、おなかがすいてコンビニでシュークリームを買って食べてしまった、という彼女の話に、一同は呆気にとられていたのでした。
彼女の名前は、きぬさん。
地元では大人気の、郊外の隠れた銘店を切り盛りするパティシエです。
文字どおり、売るほどお菓子はそこにあるというのに、ほかにいくらでもチョイスはあるだろうに、コンビニの棚から彼女が選んだのは、シュークリーム。
売るほどあるのに、どうしてシュークリームを買ったの。という周囲の声を、一旦しっかり受けとめてきぬさんは言いました。
いや、そうはおっしゃいますけどね、
いい顔してたんですよ~。
おいしかったぁ。
「おいしかったぁ」の語がもしも辞書に載っていたとしたら、確実に挿絵にされてしまっていたであろう至福の表情をうかべるきぬさんに、誰も反論などできません。
シュークリームって、いい顔をしているのか…
そんなどうでもいいことを考えながらBBQを楽しみ、帰り際に立ち寄ったコンビニで検証してみましたが、残念ながら私の目には「いい顔をしたシュークリーム」が飛び込んでくることは、ないのでした。
オランジェットを連れてきましたよ
別の日、きぬさんはイベント会場の一角にブースを設け、お菓子を販売されていました。
きぬさんの感じた「いい顔のシュークリーム」の答えは未だつかめないまま、きぬさんのお菓子も何度かいただきながら、お菓子というお菓子を見るたびにきぬさんを思い出す私。
きぬさんのもとに駆け寄りました。
きぬさん、お菓子ください。
こんにちは。
きょうは、オランジェットを連れてきましたよ。
オランジェ…
きぬさんのことばを反芻する自分を遮り、「ください!」と叫びました。
オランジェットを連れてきた!
私が無類のオランジェット好きであることはさておき、
「連れてきましたよ。」というきぬさんのしあわせに、全身の力がストンと抜けてしまいそうな感覚。
ほろほろと笑いながら、きぬさんは私にオランジェットの袋を大事そうに渡してくださいます。
ありがとうございます。
ご賞味くださいね。
いつもお上品なそのことばとはすっかり裏腹に、きぬさんのしあわせは、少なくとも半径20mくらいには秩序なく撒き散らされていきます。
オランジェット、オランジェット…
これから大事な商談だというのに、抱えきれないしあわせをどこに片付けようかと思いながら次の場所へ向かうのでした。
今回お世話になったお店 きぬ菓子工房さん
今回お世話になったお店をご紹介します。
きぬ菓子工房さん
お菓子の在庫がお知らせされるので、お店に出かける前にインスタをご覧になることをおすすめします。
きぬさんのお菓子は、素材にもこだわりがあり、とてもフレッシュなお味。
私のおすすめは、びっくりおいしいモンブラン。
写真を撮り忘れたので、実物を入手してたしかめてください。
ああ、思い出すだけでまた食べたい。
チャンス!きぬさんが残業するってよ!
その日は研修で一日中缶詰。
終わってすぐ、あまりの疲労感に甘いものがほしくなりました。
バスが来るのを待ちながらSNSをひととおりチェックしていると、きぬさんの投稿が目に留まりました。
あーあ…これから帰っても、きぬさんとこには、きっと間に合わないな。
本日は19時まで営業しております(略)…
19時まで…?
※通常は18時までの営業ですので、最新情報はインスタをご覧ください。
まさか!
私のために!(そんなことはないだろう)
きぬさん!行きます!
満を持して、やってきたバスに乗り込み、自宅まで。
そのまま車に乗り換えて、きぬさんのお店に向かいます。
どうしても食べたいので、きぬさんに電話も入れて。
まあ!いまから!
気をつけてお越しくださいね。
まだ、ケーキありますけど、インスタはご覧になりましたか?
あのラインナップですが、大丈夫ですか?
もちろんですとも!
さあ行こう!
相変わらず上品なきぬさんの言い回しに俄然元気がわいてきて、おそらくこの時点でもう甘いものがほしいから行くとか、そんな気持ちはすっかり忘れており、
きぬさんに会いに行こう。きぬさんに会いに行こう。
その気持ちだけで、車をトコトコ走らせるのでした。
せっかくなら、おいしいものを、うれしいものを。
お店に着いたらきぬさんが待っていてくださいました。
いらっしゃいませ!
お疲れでしょう?
きぬさんの嬉しい問いかけに、ひととおりワガママな注文を済ませます。
もうすぐ今シーズンのものはおわりになるという、チョコレートのかかったロールケーキもいっしょです。
きぬさんのつくるお菓子は、「どんなお菓子なのか」が想像できる一方で、「確実においしい」「絶対にうれしい」が詰まっているものばかりです。
オーダーメイドのホールケーキについても、それは同じ。
キャラクターやかわいらしいデザインのあしらわれたものを頼まれたときにも、色や写実性だけでなく、おいしさやバランスを忘れないのがきぬさんのこだわりポイントです。
リアリティを求めるなら、ここは青色なんですけどね。
せっかくならおいしいのがいいと思って。
全体的なイメージが変わってしまうのであればそれは違うと思うけど、
青色じゃなくて、ちょっと違う色でもいい?と確認して、
キウイを刻んであしらったんです。
お誕生日だし!
おいしいのも、大事でしょ?
さすがに、真っ青のキャラクターが真緑になっちゃうのはいただけないと思うから、バランスですけどね(笑)
些細なことだと思う方もいらっしゃるかもしれません。
けれども、印象を変えてしまいかねない、大きなわかれ道。
きぬさんの手ざわり感があるお菓子だからこそ、ちょっとひとひねり、「おいしいしあわせ」から、お菓子を好きになってほしい、楽しんでほしいという、気づかいだとも思えてきます。
きぬさんが、心の底からお菓子のことが大好きで、おいしく食べるのが好きだから。
おいしく食べてほしいし、お菓子を好きでいてほしいから、できること。
きぬさんにとって、きっとお菓子づくりは「作業」ではなく、
お菓子との対話であり、お客さまとの対話であり、それぞれの物語のひそかな演出なのでしょう。
きぬさんのしあわせは、なんですか?
きぬさんは、ていねいに一つひとつのケーキに語りかけながら、持ち歩き時間を確認しつつ、箱に詰めてくださいます。
必要以上に触れはしないのに、そっとそっと、聞こえない声でケーキに歌っているようです。
大好きなきぬさんのところから旅に出るけれど、ケーキの皆さんもこれなら寂しくはないでしょう。
遅くに訪ねた無礼を詫びつつ、お礼を伝えながら、きぬさんに質問してみました。
きぬさんのしあわせは、どこにありますか。なんですか?
えへへ。えぇ~っ?
なんでしょう…
明確におっしゃらないであろうことは、薄々わかっていました。
ケーキが大好きですよね。お菓子、大好きですよね。
きぬさんは、お菓子にもしあわせになってほしいですよね。
えへ~?
そうですねぇ~へへっ。
いやぁ、わかりませんよ~?
私のしあわせ?
売上かもしれませんよ~(笑)
そう照れ隠ししながら、きぬさんはしずかにショーケースに目をやって、また聞こえない歌を歌っていました。
言わなくたっていい。
ギャンギャン宣伝しなくたって、いいのです。
なによりも、誰よりも、お菓子が大好き。お菓子のことを、愛している。
大好きだから、お菓子の皆さんにも、しあわせになってほしい。
そんな気持ちが、ケーキを受けとる人にも伝わります。
私の思うPRは、そういうもの。
きぬさんのしあわせは、お菓子のしあわせ。
そのしあわせが、どんどん周りに飛び散って、伝わっていきます。
きぬさん、しあわせを、ごちそうさまでした。
ご覧いただき、ありがとうございます!
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