the rendez-vous point|本音を伝える練習

嘘なく伝える

「自分の言いたいことがちっとも伝わりません」――
the rendez-vous pointでも、SHIKKURI-PRでもテッパンの話題について、私の周りに起きたことも含めて向き合ってみたいと思います。

今回、アイキャッチ画像として、このテーマにふさわしい作品に登場していただきましょう。

星あかりシリーズ


『星あかりシリーズ』より、『星の窓』『魔法のポット』『光の道しるべ』/彗星舎
売れっ子の彼女をよくご存じの方もいらっしゃいますが、改めてパートナー情報を載せておきましょう。
友情出演ありがとうございます!


PARTNER

オノ チハル|Chiharu Ono
彗星舎・星空案内人
デザイナー

自らの創作から商業デザインまで幅広く手掛けるデザイナー。得意分野はグラフィックだが、成果物の種類よりも「何を描き出すか」を大切に活動中。
言葉少なで「じっくりさん」のチハルさんは、誰よりも考え抜くことで、その人・対象の伝えたい本音をうけとめ、形にするプロフェッショナル。

このコラムでは、the rendez-vous pointにちなんで、大庭やLOVEMEメンバー(LOVEME&COMの仲間たち)のランデブーポイント(振り返ってみれば、ここがあったからこそ決断できた、ここがターニングポイントにつながっていた、という時点)にまつわるエピソードをご紹介します。the rendez-vous pointの実際のセッションの一部をご紹介することもあります。

物語に集中するために、このコラム群は基本的に「文字中心」でお送りいたします。

目次

待ってほしかった

本音を伝えられないという方の多くは、「もうちょっと時間があれば」「勇気がなくて」と口を揃えておっしゃいます。

自分の本音は、大人になればなるほど伝えづらいもの。
子どもの頃から伝えにくさを感じていたのだとすれば、輪をかけて大変な行事になってしまいます。

今回のご相談者さまには、「待ってもらうための交渉」をすることをご提案。プロジェクトメンバーとの関係性に悩むというご相談でしたが、上司・部下でなく並列の関係だからこそ「遠慮のポイントがズレてしまう」構図もあきらかになりました。

私も、本音を伝えるのは苦手です。
言葉の仕事をしているから、言葉で隠して誤魔化しているだけ。まくしたてるように装飾をつけて、脚色してしまいます。
若い頃はコピーを10案くらい出してくるように言われ、必死で考えぬいてA案、B案…とならべていき、「んー、じゃ、これが惜しい感じだからC′(Cダッシュ)でいこう」なんて言われて、なんともいえない虚無感に襲われることも。
ディレクターの立場も経験してみて、そうしてしまう気持ちも理解できるようになりましたが、私自身はそうすることがどうしても好きになれません。プロデューサーとしても、ディレクターとしても、一案決め打ちでいくことが多いし、つくり手が命を削って考え抜くためにも、その営みに敬意を払い、守るためにも腹をくくる側でありたいと思っています。

そのためには、ややこしいルールよりも「待つこと」が必要です。

ビジネスパートナーから、「本音を伝える練習をさせてください」と言われたことがあります。
一般的には「私なんか悪いことしたかな」とか、ネガティブな想像もしようものですが、なぜかちっともそんな気持ちにはなりませんでした。きっといつものとおり、一生懸命に伝えようとしてくるだろうと信じていたからです。

その日はミーティングではなくて、ただ私を思いやるための、愛情深い言葉たちをひたすら伝えてもらう時間でした。
いつもは泣くのは私の側ではなかったから、なにも準備しておらず、自分の心がいつもとは違う方向にまで、同じ熱量で強く揺さぶられることに驚きました。
私が傷ついていることを放っておけなかったと、まっすぐな愛情表現をしてくれたのです。

そのために、そのビジネスパートナーは、私と別のステークホルダーに対する関係性について、ネガティブな意見を伝える必要がありました。
そうすることで私の気持ちを否定する気がして、それによって私と相手、あるいは私とそのビジネスパートナーとの関係性にヒビが入るかもしれないことが、ずっと怖くて言えなかったこと。
本音を伝えようとするとなかなか言葉にならなくて、涙のあとに言葉が追いかけていくのを、それでも待ってくれると信じたこと。
確実に本人の心から、まっすぐに伝えてくれました。

命がけで愛するということは、なにも家族や恋人との関係性に限られたものではありません。
仲間のことも、これから出会うかもしれない未来の仲間のことも、大切に思っています。
クリエイティブなことに接して生きていく人間にとって、書くこと、描くこと、つくることはすべて、命を削ることなのです。
その人から生み出された尊い作品もまた、全力で愛を持って受けとりたいし、万が一心ない扱いを受けようものなら、かわりに刺されるくらいの覚悟は私だって持っています。

私にとっては、言葉は私自身であり、命そのもの。
嘘をつけば自分まで傷つくし、スカされたら絶望します。
つくり手にとっては、どんなに理解されなかったとしても、やはりそうなのだと私は思います。

命を削ってまで伝えてくれたそのこと自体に、深い敬意と愛を抱きました。
そんな人と一緒にお仕事ができて、一緒に進んでいけるなんて、私は幸せ者ですね。

その日「練習」だと伝えてくれた気持ちによって、私たちの関係性はもっと強くなったし、その力が確実にお互いの生活に、仕事に潤いをもたらして、世界にひろがっていきます。
これが「満たされた人で世界を満たす」「いい関係、つくりませんか?」の本質だから。

言葉でなくてもかまわない

これもよくご質問いただくのですが、「言わなきゃわからない」病の方に痛いことをお伝えしますね。

言葉でなくても、かまいません。
言葉である「便利さ」はありますが、言葉で伝えるまでの段階に、準備や地ならしが必要なことだってあります。
そもそも言葉で伝えることが難しかったり、不適切だったりすることもあります。
あるいは、言葉を用いていたとしても「行間」で伝えることが良い場合もあります。

手をつないだり、ハグをしたりできる関係性なら、スキンシップをはかってみるのは本音のやりとりにもはや必須事項。
絵や写真で伝えたり、好きな音楽を共有したりするのも良いでしょう。

そんなのが思い浮かばない、というあなたに、また厳しいことを申します。
なにか情報を得るとき、出かけるとき、普段の生活で――

大切な人のことを、思い浮かべていますか。

これおいしいなあ、あの子に食べてもらいたい。
ここの道は、お散歩して気持ちいいなあ、一緒にお散歩したいなあ。
必要なのは、大げさな値札のついたプレゼントではありません。
「あのね、おおばちゃんにプレゼントしたかったの!」と、その日咲いた花を摘んで、小さなカップにあしらってプレゼントしてくれた仲間がいて、心を傾けるとはこういうことだと、強く学んだものです。

その人のことがほんとうに大切なら、シェアする生き方を選んでみませんか。
「この曲がいまの気持ちを代弁してくれるんだ。ぜひ聴いてみて」
「今度一緒に行こう」
「これ、作ったから持ってきたんだ。一緒に食べよう」
それでも本音って、それだからこそ伝わるのです。なにもすべて言葉にしなくたってかまいません。

シェアして、受けとる。その練習を重ねていれば、わかるのです。
言葉で議論するなら、そのあとで十分ではありませんか。

かくいう私も、最近自分に課しているのは「ローコンテクストで愛を語れ」。
シンプルだからこそ、まっすぐに伝えるからこそ、淀みなく届く気がするのです。

ご覧いただき、ありがとうございます!

話しかけてみたい方は、公式LINEでもお待ちしております。

友だち追加
星あかりシリーズ

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアくださいね!
  • URLをコピーしました!
目次